ひと口ごとに変わる燗酒の味わい
【旬彩 風】兵庫県芦屋市
引き戸を開けると、温かい空気にふわりと包まれた。「いらっしゃい」と迎えてくれた女将の笑顔がそのみなもとかもしれない。黒光りするアンティーク家具に土壁、雰囲気だけでどっしり腰を据えたくなる店。調理場にこもって料理をするご主人と接客担当の女将、二人で切り盛りする居酒屋はオープンからまる14年になる。
肌寒い日。はじめの一杯から燗をつけてもらう。今シーズン初めての燗酒は、和歌山県「南方」のひやおろし。銀杏をアテにまたひと口、美味しい!ひと夏寝かせた秋の酒は、まろやかな味で静かに身体に染み込んでいく。燗酒は冷めていく間に少しずつ味が変わっていく。「お猪口を傾けるごとに味が違うという人もいるんですよ」と女将。飛切燗、熱燗、上燗、ぬる燗、ひと肌燗…と、温度によって呼び名が付いているのも趣がある。名前などどうでもよくなって、あっという間に一合が無くなった。
女将がすすめてくれたのは黒龍の燗酒バージョン「九頭龍」。大吟醸を燗にするというだけで贅沢な気分になる。「ぬる燗で飲むのが美味しいですよ」と女将。90度で5分、専用の器で燗をつけて、龍をイメージしたちろりから注がれる。口にした時に広がる米の旨みがたまらない。
女将とは、何度か日本酒の会でお目にかかっている。お酒はたしなむ程度だと言いつつ、「日本酒は蔵や造り方に物語があるから面白い。新しい味に出会える楽しさもある」と利き酒を重ねて研究し、店で出す酒は秋田の日の丸醸造「万作の花」、京都の木下酒造「玉川」など、ほぼ決まった蔵のものだ。
木下酒造はイギリス人のフィリップ・ハーパーさんが杜氏を務める蔵。「日本酒は栓を開けてすぐが美味しいと言われますが、ハーパーさんの酒は、栓を開けたあとに味が深くなる。空気に触れると120%の味になるといわれる個性的な味です」と女将。そんなことを聞いたら、また注文してしまう。
お酒のことばかり書いてしまったけれど、ご主人の料理も抜群。日本酒やワインに合う肴がそろっている。淡路の鯛は焼き霜で、石川のハマチは造りで、ハモは松茸と一緒に蒸し料理で。バナナを食べて育った淡路島のエビスもち豚と水菜の春巻きは、胡麻風味のタレで。ずいぶん飲んで、たくさん食べてしまった。
シメにはすっきりと石川酒造場の「元祖もろみ酢」をジンジャーエールで割ったノンアルコールカクテル。飲みすぎたときには、健康的なドリンクでシメるのも有りかな。
◆ MENU
地酒(1合)972円~
元祖もろみ酢ジンジャーエール割 518円
エビスもち豚と水菜の春巻き 788円
◆ Data
旬菜 風
電話:0797-25-5888
住所:兵庫県芦屋市川西町3-21
営業:12:00~14:00、17:30~22:00(LO)
休み:水曜、木曜ランチ
◆ Writing / 松田きこ
(株)ウエストプラン代表。兵庫県西宮市在住。食・観光・人物取材に日本中を飛び回る。ライター歴20年以上。編著書「神戸・阪神間 美味しい酒場」「くるり西宮・芦屋・東灘・灘」「くるり丹波・篠山」他
http://www.west-plan.com/